欧州で最高企業になる為に必要なこと(DHLエクスプレス社)

Great Place To Work®︎社がFortune紙で発表した「2024年度ヨーロッパで最も働きがいのある企業100社ランキング」で、国際的物流企業であるDHLエクスプレス社が1位を獲得。それにちなみ、本講演ではDHLエクスプレス社のヨーロッパCEOであるマイク・パラ氏と、Great Place To Work®︎社のCEOであるマイケル・C・ブッシュ氏の対談が行われました。
当イベントの場で初めて発表された2024年度版の企業100社は以下の通りです。
https://www.greatplacetowork.com/best-workplaces-international/best-workplaces-in-europe/2024
Great Place To Work®︎社は、「働きがい」に関する調査・分析を行い、一定の水準に達していると認められた会社や組織を各国の有力メディアで発表する活動を世界約60カ国で実施する世界的に権威のある専門機関です。今回の発表ではヨーロッパでの約5,000社、約200万人以上の従業員を対象に、1人あたり60以上もの質問を通じて、鋭い分析を実施しました。
ここでは、未来の従業員が企業ブランドを理解する為に、現従業員が所属企業でポジティブな体験をしていることを評価・保証する「Great Place To Work Certification™️(Great Place to Work認定)」という認定を発行しています。この認定には毎年150ヶ国、約1万社が申請していると言われ、その数は年々増加傾向にあります。
DHLエクスプレス社はGreat Place To Work®︎社の発表する「ヨーロッパで最も働きがいのある企業100社ランキング」で4年連続1位という驚異的な成果をあげています。
DHLエクスプレスのヨーロッパ従業員約5万人、そしてワールドグループ従業員約11万人を対象とした本調査では、以下の質問と回答を得ています。
・「上司が社員に期待を明確に伝えているかどうか」
→「ほとんどいつも上司は期待を明確に伝えてくれている」(8.5人/10人)
・「仕事に影響を与える重要な問題や変化について、上司から情報が適切に提供され
ているか?」
→「提供されている」(8.3人/10人)
・「自分の仕事には特別な意味があり、単なる仕事ではないと感じているか?」
→「そう感じている」(8.2人/10人)
・「福利厚生が単なる社員としてではなく、個人として自分に合った特別なものであ
ると感じているか?」
→「そう感じている」(8人/10人)
・「必要な変化や新しい技術、アプローチにすばやく適応しているか?」
→「適応している」(8.6人/10人)
・「ここで長く働きたいか?」
→「働きたい」(8.5人/10人)
この結果こそが「素晴らしい職場のあり方」ではありますが、DHLで働くことは決して簡単なことではありません。コロナ禍でもどんな悪天候でも、リモートではなく毎日現場で働き続ける必要があります。
それなのに、DHLはヨーロッパでは10年連続ランキング入りし、4年連続1位、そしてヨーロッパ31カ国全てで「働きがいのある会社」として認定されています。
その秘訣は何なのか。38年間DHLで働き、ラテンアメリカ担当時には「働きがいのある会社ランキング」で7 年連続1位を成し遂げ、数ヶ月前にヨーロッパCEOに着任したマイク・パラ氏が、その秘訣を語ってくれました。
1)「フィードバックはギフト」という指針の下、従業員がキャリアフィードバックを得られる様々な場作りの実施

写真左: マイク・パラ氏(DHLエクスプレス社ヨーロッパCEO)
写真右:マイケル・C・ブッシュ氏(Great Place To Work®︎社CEO)
我々は、2009年に立ち上げたCIS(Certified International Specialists/認定国際スペシャリストプログラム)に導入した通り「フィードバックはギフト」という指針の下、キャリアフィードバックを得られる様々な場づくりを実施している。
例えば「ヨーロッパのCEOになりたい」と表明する人がいれば、キャリアプランを一緒に立て、その計画に基づいてIDPs(Individual Development Plans/個別の成長計画)を作成し、それを四半期、半期、年度末に見直すことになる。
①「キャリアマーケットプレイス」の立ち上げ
220か国以上で展開するグローバル企業として、社員が個別の成長プランに基づき、自分のキャリアの希望を明確に示せる場を設立。
②「ライジング・スター・プログラム」の実施
マネージャー達が、DHLの未来のリーダー達に会う機会を増やす。
③「中間期レビュー」の実施
年度の半ばに、マネージャー達がDHLの未来のリーダー達と語り合い、彼らがどこへ向かいたくて、何がしたいのかを理解し、他の部門に参加する可能性があるかどうかも検討を実施。
④「リードパネル(Leads Panel)」の実施
ヨーロッパ全体の285人のリーダーのレビューを行う。各国のMD(マネージング・ディレクター)だけでなく、その直属の部下及び、さらにその下の部下もレビューの対象となる。
*フィードバックの際に欠かせないこと*
思いやりを持ち、フィードバック内容は「オーセンティック(Authentic・本質的)」でなければならない。
特に、従業員はあなたが善意から行動していることを知る必要がある。だからこそ、あなたもバランスの取れたフィードバック、つまり「相手のやる気を高める為のフィードバック」を自分が与えていることを意識する必要がある。
また現場で何かを見たら、必ず立ち止まってフィードバックをするべき。
*フィードバックの仕方*
「アクション・インパクト」というフィードバックの枠組みを使用する。
・「私が観察した行動は何か?」
・「それが私に与えた影響は何か?」
・「そして、あなたにどのように行動を変えてほしいのか、もしくはそのまま続けてほしいのか?」を自問して、相手にフィードバックを行う。
2)「尊重を重視した行動を妥協せず、結果を追求する」指針の下、リーダーリップを学ぶ「マグティーヴィー(MAG-TV)」を立ち上げる

2009年時点のDHLは「成果主義」を重んじていたが「自分達は決して完璧ではないからこそ、常に素晴らしくなろうと努力し続けよう」と決意し、「尊重を重んじた行動」を導入。現在では「尊重を重視した行動を妥協せずに結果を追求する企業」だと自認している。
その一環として、CIS(Certified International Specialists/認定国際スペシャリストプログラム)を導入し、21世紀のリーダー像を提示したが、その時点で残念ながら、DHLを去る人財もいた。しかしそれは、他の場所に向かうべき人財だったと考えている。
そこで、信頼を本当に築いて行く為に、リーダーシップを学ぶ「マグティーヴィー(MAG-TV)」を立ち上げた。そこでは以下の分野に取り組んだ。
①「信頼する方法」を学ぶ
リーダーシップチームがどのようにお互いを信頼する方法を学び、信頼を本当に築けるかという点に注力した。
②脆弱性(Vulnerability)の共有と実践
人間は完璧ではなく弱いからこそ、分からないものは「分からない」と正直にチームや他のメンバーに助けを求めにいくこと、脆弱性(Vulnerability)を見せることが非常に重要。
③チーム運営についての合意形成
経営陣がどのように機能し、意思決定を行っているのかを組織全体に公開し、それについての意見を従業員から募集した。
④チーム対立の探求
チーム内の対立を探り発見する役割の人を設けるという新しい取り組みである「対立の探求」にも着手した。そのような役割の人がいないと「本当は同意していないけれど、マイクがそう言うならその方向で進もう」という流れになりがちになるからだ。そこで「本当にそれでいいと思っているか?」という問いを従業員に投げかける人がいることで、合意形成がうまくいっていない点を発見しやすくなり、これが非常によく機能している。
⑤「多様性、公平性、インクルージョン(※)、帰属意識の基盤」を組み込む
人事プログラムには、上記項目を必ず組み込むようにした。
※「社会的包摂」と訳され「企業内における全従業員が尊重され、個々が能力を発揮して活躍で
きている状態」のこと。
3)スーパバイザー育成の為の「シムスーパバイザーアカデミー(Sim
Supervisory Academy)」の設立

例えば、DHLエクスプレスで非常に良い業績を上げていて、スーパーバイザーになった人がいたとする。しかし、今まで人を管理したことがない場合、DHLは何を期待し、どのようなサポートを提供するのか。
我々は、スーパーバイザーが「サンドイッチの具」のように、ビジネスで最も困難な仕事をしていると気づいた。というのも、上からは上司がパフォーマンス指標や他の問題について指示を出し、一方で下からは部下が個人的な問題や家庭の問題について相談に来る。そこで、我々はスーパーバイザーに特別な訓練を提供する「シムスーパバイザーアカデミー(Sim Supervisory Academy)」を導入した。
<シムスーパバイザーアカデミーの概要>
・実施期間:18〜24ヶ月
・実施スタイル:スーパーバイザーたちは様々なモジュールを受講し、学んだことを現場で実践してから、再びアカデミーに戻り次のステップへと進む。その際、従業員から「あなたのスーパーバイザーの変化を感じるか?」といったフィードバックも受け取る。その後、全てのプログラムを修了すると、家族や友人がその様子を見守ることができるライブの卒業式(キャップとガウンを着て)も実施する。本アカデミーは、イギリスの学校から公式に認定されたコースでもある。
・成果:約14,100人のスーパバイザーを育成。彼らの「従業員意識調査」や「働きがいのある職場」のスコアにポジティブな影響が出ている。
4)リーダーシップにおける「重要ポイント」をもれなく遂行
①「ありがとう」と感謝の意を伝える
感謝を示すことは費用がかからず、社員に対する配慮や思いやりを伝える大切な行動であるからだ。
②「従業員の安全と幸福が最も大事であること」を全員で共有する
全ての会議を安心できる瞬間から始め、安全な職場環境を作る。
③約束したことを必ず守り、透明性を保ち、従業員との信頼関係を強化する
オーセンティシティ(Authenticity。リーダーが正直でオープンなコミュニケーションを行い、矛盾のない行動を通じて、従業員に対して誠実な態度を示すこと)によって作られた信頼関係が組織の土台であり、これが欠けると従業員満足度は大きく下がる。DHLではこの信頼指数が調査で2年連続低下した際には、リーダーと面談を実施する。「働きがいのある職場」を目指す全企業にとっての成功の鍵は、このポイントにある。
④「You said, we did(皆さんの意見を聞いて、それに応えました)」を必ず行う
従業員の要望・フィードバックは非常に貴重であり、我々はその意見を真剣に受け止め、アクションを起こす。そしてフィードバックに基づいた改善を可視化し、社員にその変化を伝えるよう努める。
幾つかの企業で「調査疲れ」が起きるのは、従業員調査をしても経営陣が何もしないから。約束をしたことを必ず果たし可視化すれば、従業員にとって調査が疲れるものにはならない。
⑤「Are you REALLY okay?(本当に大丈夫ですか?)」という問いかけから、
相手の人間性やプライベートを十分に配慮する
アメリカでは「How are you?(調子はどうですか?)」と聞くと「Fine(大丈夫です)」と答えるのが一般的だが、それだと「本当に」大丈夫なのかが分からない。
そこでアメリカ支部で「Are you REALLY okay?」と聞くことを導入し始めた。なぜなら私達は、皆、私生活で素晴らしいこともあれば、そうでないことも抱えており、その点で私達は繋がっているからだ。
つまり、皆が同じ種類のリアルな体験をしているからこそ「真の人間性」で繋がる為に、あえて「本当に大丈夫ですか?」と聞き「いや、実はそこまで大丈夫ではないんです」と本当の気持ちを答えやすくする。
自分の家族やペットにまで心を配ってくれる雇用主がいることは素晴らしいこと。「あなたのリーダーは、あなたを人間として扱っていると思いますか、それとも従業員として扱っていると思いますか?」と質問すると、この2つの間には大きな違いがあることがわかる。
5)DHL文化である「現場に出て、可視化する」の徹底
ヨーロッパ最大のハブであるライプツィヒの拠点訪問では、現場を歩きながら約7,800名の従業員と直接交流し、物流のプロセスやネットワーク管理グループ、荷物の選別作業にも参加した。
どの地域に行っても我々は、まず現場から始め、組織内の全従業員と会い、成長が期待される「ライジングスター」たちと面談を行う。彼らのキャリア目標などについて話し合い、現場支援が難しい場合でも、その場所で成長できるようリモートで支援を行う。
役員が「見える存在であること」そして「本当の自分を見せること」が、企業に何よりも大きな影響を与える。
6)多様性とインクルージョンへのコミットメントを強化
障がいのある従業員がさらに働きやすい環境を整えることにも力を入れている。ライプツィヒの拠点では、約400名の聴覚障がいを持つ従業員と現場で直接交流をした。CEOだけでなく、管理委員会のメンバー全員が一緒にいたことで、従業員に対して強いメッセージを伝えることができたのではないか。
7)データに基づく「傾聴戦略」を実施
①何によりも従業員の声に耳を傾け、評価結果は全員が真剣に受け止める
評価データに表れている声と結果に真摯に向き合い、データをより掘り下げて分
析する。
②従業員がいつでも声をかけられるように、上司である自分を絶えず「見える化」する
会議室で会議をして去るのではなく、いつでもどこでも従業員が声をかけられるように、オープンでいること。会話の際には、携帯電話を片手に「うん、うん」と話すのではなく、座って向き合い、その瞬間に集中しながら、真摯に従業員の話に耳を傾ける必要がある。
③従業員への興味関心を持ち、相手に質問する
聴くだけでなく、相手に対して質問をすることが大事。それには相手への興味関心を持つことが必要。
以上がヨーロッパにおける「働きがいのある会社ランキング」4年連続1位を獲得された、DHLエクスプレス社、ヨーロッパCEOのマイク・パラ氏による講演でした。
筆者あとがき

写真は、EB協会代表の池田さんが寄稿された「従業員の幸せを考える、エンプロイヤー・ブランディング」の記事を再度復習していたところ、スウェーデン人の主催関係者(筆者右隣)から「何を読んでいるの?」と興味津々に突っ込まれていた瞬間でした。
全15講演を聞き、圧巻だったのが当講演でした。他の講演では、従業員調査結果のデータを基に、多くの素晴らしいチャートやビジュアルイメージを使って、スライドにまとめる形が多かったですが、スライドを1枚も使用しない対談形式であるにも関わらず、こんなにも心に残るプレゼンを出来ること自体、常日頃からマイク・パラ氏が従業員との対話を重視している証拠だと実感しました。
DHLエクスプレス社では多くの従業員育成プログラムが実施されてきましたが、それらが「EVP向上」を目指したものではなく「従業員を一人の人間として見た時に、いかにその人に安全と幸福を届けられるか」という目的に応じて、開発されてきたことがよくわかります。
世界最大の物流会社の一つであるDHLエクスプレス社が、利益などのデータから自社を語るのではなく、「自分達は完璧ではないからこそ、弱い部分も共有し、お互いに感謝をしよう」という人間性を尊重し、そこから様々な施策を講じてきた点にとても感銘を受けました。
予算の都合から、DHL社並の教育プログラムが実践できなかったとしても、「フィードバックの際に欠かせないこと」「フィードバックの仕方(アクション・インパクト)」そして「4)リーダーシップにおける重要ポイント」は、誰もが明日から出来る実施項目だと思われます。自分の人間性やオーセンティシティをしみじみと反省させられる講演内容でした。
オランダで暮らし、DHLサービスを使用する時、到着時間が頻繁に遅れることからも、そのサービス品質については、正直「日本のサービスの方がいいな」と思うことは多々あります。
しかし、マイク・パラ氏の講演を聞いて腑に落ちたのは、DHLの配送員の方々は皆、比較的「ご機嫌な方」が多いということ。暴風雨の多いオランダの悪天候の下、いつも陽気に挨拶をして荷物を届けてくれるのは、このDHLイズムが浸透しているからなのかとも思わせられました。
「従業員に安全と幸福を届けたい」「フィードバックはギフトである」という言葉からも、「物流を通じて他者に安全と幸福を届けること」がDHLエクスプレス社の企業理念であることを、実感させられる、人間性豊かな講演でした。
(オランダ在住ビジネスコンサルタント 田口歩)

執筆者
田口 歩・Bedo Consulting代表
(株)ベネッセコーポレーションでの編集業務、オルビス(株)での広報マーケティング、上場準備業務を経て独立。人財育成の一環として、多世代型シェアオフィス(東京港区)の設立や、飲食業界企業の上場支援に携わる。現在はオランダにて、日本企業の事業支援や、アメリカAI企業の事業支援に従事。多世代多国籍コミュニティをオランダに作る「フルサトハウスプロジェクト」のコミュニケーションマネージャー。


